私の相続事件簿第2弾(全10回) 第7回 この人には相続させない(その2)
相続人から「廃除」
これまでさんざん迷惑をかけられぱなしであった、この者にだけは自分の財産はびた一文あげたくない、そんなつらい悩みをお持ちの方がおられるかもしれません。
法律は、推定相続人に一定の非行があったときに、その相続資格を剥奪するというドラスティックな制度を用意しています。被相続人に対し「虐待」をしたり、「重大な侮辱」を加えたり、「その他の著しい非行」があったときには、被相続人は生前においては家庭裁判所にその推定相続人の「廃除」の請求をすることができ、また遺言書において「廃除」する意思を書くことができます。統計では毎年全国で300件近い申立があるそうですが、弁護士もめったに出会わない事件です。
骨肉の争い
私は70歳半ばの男性Aから妻Bさんの相続についての相談を受け、受任しました。Aさんは、地域の「名家」の娘であったBさんの家庭に婿養子として入りました。娘が2人生まれました。Bさんには、親から引き継いだ不動産や多額の預貯金がありました。
Aさんは10年以上、妻Bさんと別居状態でした。Bさんは財産をすべて娘に相続させるとの遺言書を書いていました。そこで、Aさんは自らの4分の1の遺留分を請求しました。父と娘たちの争いとなりましたが、この範囲であれば一般の相続争いの1つです。
「死後」離婚の争い
Bさんは、遺言書の末尾に、「本遺言によって、夫Aには相続させないことにしました。その理由は・・」と書き残していました。娘さんたちは、この記載をもって、BさんがAさんを「推定相続人から廃除する意思を表示した」ものとして家庭裁判所に「廃除」の審判を求める申立をしました。その理由として、Aさんの女性問題、職務上の非行の後始末で地域における名誉が害されたこと等が主張されました。
娘さんたちの絶対Aさんを許さないという感情が噴出し、亡き母の代わりに、さながら離婚の訴えをしているような様相となりました。
雪解けをめざして
Bさんの遺言書の記載「相続させないこととします」と表現は、単にAさんには相続させる財産がないことを述べただけで「廃除の意思表示」とは解されない、理由として述べられていることも法律の要件である「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」に当たらないと主張しました。
娘さんたちのAさんの行状に関する認識には、おそらく母の愚痴から得て過度に肥大化したものがあろうと思われ、そのことを指摘しつつ、Aさんには思い当たる事実については正直に認め、親として至らなかったことを率直に娘さんたちに詫びるべきだと説得を繰り返しました。家族関係の復興を願いました。
両代理人、調停委員、裁判官がそれぞれの立場で努力をして2年後、春の時期に事件としては「和解」をしました。しかし、親子の断絶により凍り付いてしまった双方の感情については、融解の春の気配は訪れませんでした。