法律マメ知識

私の相続事件簿第2弾(全10回) 第4回 私は誰の子?

弁護士 中野 直樹

 法律用語ではありませんが、法律論で使われる言葉に「笑う相続人」などという表象的なものがあります。「藁の上の子」もその1つです。これは、他人の子を自分の嫡出子として出生届けを出して養育することを指します。

ある60代の女性の身の上ばなし

 Aさんの話を戸籍謄本をみながら聴きました。1930年代生まれのAさんは、ある著名な新劇女優の末妹として人生を送り、60代半ばとなりました。女優だった長姉が死亡し、子がいなかったために、兄弟姉妹間で話し合い、この姉の晩年を共に過ごした次姉が遺産のほとんどを相続しました。Aさんも了解をしたことでした。ところが、その後になって、Aさんは、実は、女優の姉が10代の頃ある恋愛をしたときに子をなしたが、世間をはばかり、両親の子として出生届けを出していたこと、この子がAさんであるという噂を耳にしました。衝撃の事実でしたが、Aさんは思い出をたぐると、長姉が何かとAさんを気遣っているくれたことを思い出し、母子の糸がつながっていたことを感じたそうです。

Aさんの苦悶

 真実を知ったAさんは、戸籍を訂正したいと思いました。兄弟姉妹が、この事実を隠し通して、遺産分割をしたことについて大きな不信をもちました。Aさんが子であるならば、Aさんがすべての遺産を相続することになるからです。
 問題は、Aさんが長姉の子であることをどのように証明できるかです。人の証言だけでは戸籍上の親子の変更はできません。私はDNA鑑定を検討しました。しかし、火葬された遺骨からはDNA鑑定に必要な組織がとれないとのことでした。

親族間紛争調停で円満解決

 Aさんは母を知ったことに伴う苦悩を胸にしまったまま人生を終えるわけにはいかないと言います。事柄は、古いことといえ、著名女優のスキャンダルともなってしまうことでもあります。
 私は、Aさんの代理人となって、兄弟姉妹を相手方として、家庭裁判所に親族間紛争調停を申立てました。非公開の手続きですので、Aさんが知った事実を述べて、遺産分割の修正を求めました。
 兄弟姉妹はAさんの出生の事実を認めてくれました。そして、精算方法も工夫をしながら、実質、遺産分けのやり直しもすることができました。
 戸籍は変更できなかったけれども、Aさんの人生の記録を正しいものとすることができました。

2014/06/16
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