私の相続事件簿(全10回) 第6回 遺産の範囲―預貯金
相続人の確定のあとは遺産の特定
第2話で、弁護士が相続の案件に着手したときには、遺言書の有無の調査、相続人の確定作業、遺産に属する財産の確定作業を行うと申しました。前回までで相続人にかかわる事件簿を閉じて、今回から財産についてのお話をします。
法律には、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を相続すると書いてあります。この「財産」としては、通常、土地建物などの不動産、家財道具や生産機械、家畜・ペットなどの動産、預貯金などの金融資産などが考えられます。
財産によっては、遺産となるのかどうか見解が分かれるものがあります。たとえば、賃借権、生命保険金、死亡退職金、社員権などです。
預貯金は誰のもの?
通常、「貯金」は郵便局(かつての郵政省、現在のゆうちょ銀行)・農協・漁協に蓄えるときに使われる用語です。「預金」は銀行・信用金庫・信用組合などに預けるときに使われる用語です。財産としての法的な性格は、どちらも、預け金返還請求権という金銭債権です。
当然遺産の対象となりますが、遺言書でもらう人が指定されていない限り、預貯金名義者が死亡すると同時に、当然、法定相続人に法定相続分の割合で分割して相続されるというのが判例の考え方です。この点が不動産や動産と大きく違うところです。もっとも遺産分割協議を行い、相続人全員で特定の相続人に帰属させるという合意をすれば有効だとも解されています。
金融機関の窓口での相続手続きは全員集合が必要
現実には、金融機関の窓口にいきますと、相続人確定のための戸籍謄本等、通帳・カードとともに、各金融機関独自の手続き書類の作成を求められます。このなかに、相続人全員が、自署して、実印を押して、印鑑証明書を添付することが求められる書面があります。この書面は、相続手続きをする相続人代表者を決め、委任するという体裁をとっていますが、結果として預貯金は当然分割という判例の考え方と齟齬する実務の取扱いになっています。
相続人が揃わないとき預貯金を払い戻せない?
相続人の一人が行方不明であったり、非協力であったり、認知症が進行し署名ができなかったりするなどして金融機関の窓口に提出する書面に全員の署名・実印が揃わないときは、相続の手続きがとれず、預貯金は預けたままとなってしまいます。最近はお子さんがいらっしゃらないために兄弟姉妹間相続が発生することが多く、このような法律相談が少なくありません。
方法はあります。協力が得られる法定相続人が一緒に原告となって、金融機関を被告として、それぞれの法定相続分の範囲で預貯金の返還請求を求める民事裁判を起こすのです。
預貯金は10年出し入れがないと休眠口座となり、さらに10年間経過すると金融機関に召し上げられます。相続がらみで凍結している預貯金を放置していませんか。