法律マメ知識

私の相続事件簿(全10回) 第4回 子のいない夫婦の相続のゆくへ(その2)

弁護士 中野 直樹

遺言書が書いてないばかりに・・・

 夫婦の間に子がいない場合、亡くなった夫(妻)の親や兄弟姉妹、さらに兄弟姉妹の子が法定相続人に登場し、めんどうなだけでなく紛争になります。これを回避するためには、遺言書を書いておくしかありません。
 誰でも、自分はまだ大丈夫だと考えますし、逆に、遺言書などを書くなど縁起が悪くすぐ死んでしまうのではないかとの心理が働くのも事実です。しかし、不慮の事故で突然死してしまうときは仕方ありませんが、老いの域にはいって病気などを患ったときに遺言書を残しておけば・・・と悔やまれる事例がけっこう相談に持ち込まれるのです。

アメリカに渡った「相続人」

 2人の間には子どもがおらず、定年を迎えるまで共稼ぎでした。市内に分譲マンションを夫名義で買って、住宅ローンも払い終わっています。これからいきいきとした老後ライフを考えていた矢先に夫がガンとなり短期間で亡くなってしまいました。残された妻は、2人の稼ぎで得た住まい、預貯金、株式(夫名義)などを相続しようとしましたが、夫には、戸籍謄本上は母親と、父親違いの弟が「生存」していることが障害となりました。やっかいなことにこの母は数十年前に米軍人との間に子を生み、その子と一緒に米国に移住したままになっているのです。母も弟も日本国籍ですので、日本に戸籍が残り、法律上は生きていることになっています。

アメリカでの生死・所在不明

 母の生年からみてすでに死亡している可能性が高いのですが、現実には米国で死亡していても、当然のように日本の役所に死亡届けがなされるわけではありません。法律上の相続はすべて戸籍謄本の現在記載で決せられます。やむなく、夫の遺品のメモにあった母の米国での住所に手紙を出してみましたが、保管期間切れで戻ってきてしまいました。さらに仕方なく、日米企業取引を業務としている知人の弁護士を介して米国の法律事務所に母と再婚相手、子(弟)の所在探しをしてもらったところ、母の死亡証明書(保安官作成)が手に入りましたが、母の再婚男性と弟の所在は不明だとの回答でした。

厳格な戸籍業務の壁

 ようやく得られた母の死亡証明書を法務局にもっていって死亡届けをしようとしたところ、今度はこの死亡証明書に母の生年月日が記載されておらず、同一性が不明なことを理由に受理を拒まれました。2年以上にわたり四苦八苦しながら取り組んできた結果がこれです。

道はある

 八方ふさがりとなりましたが、弁護士は依頼者を励ましながら、なんとか活路を見いださなければなりません。家庭裁判所に、母の失踪宣告の申立、母の夫と子(弟)の不在者の財産管理人選任の申立という制度を利用して、それから1年後、ようやくマンションの相続登記、預貯金の解約手続きをする依頼者の笑顔をみることができました。

2013/11/08
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