法律マメ知識

私の相続事件簿(全10回) 第3回 子のいない夫婦の相続のゆくへ

弁護士 中野 直樹

夫婦間は単独相続ではない

 前回は法定相続人を確定する作業の手順を説明しました。夫婦の間に子がいないときは要注意です。片方が死亡したときには、生存配偶者とともに、死亡配偶者の親、親がすでに死亡しているときには死亡配偶者の兄弟姉妹が法定相続人として登場するのです。
 相談者が想定していなかった相続人の存在のために、困難な事態に直面した事例を紹介します。

孤独死

 八王子の団地で一人住まいのおじいちゃんが亡くなりました。昭和45年に結婚した妻は前年に亡くなられていました。2人には子どもがおらず、身寄りがない独居老人でした。民生委員と自治会の方が部屋内を確認したところ、数百万円のタンス預金を含め約1500万円の蓄えを残していることがわかりました。つましい生活をしながらためてきたものでしょう。その中には、妻名義の預金通帳もありました。

妻名義の預貯金の相続

 相続人探索を始めてみると、おじいちゃんの兄弟姉妹もすべて死亡し、その子ども、つまり甥姪が法定(代襲)相続人でした。この方々8名は互いに交流があり、もめることはありませんでした。ところが、妻の人生が複雑だったのです。
 おじいちゃんの甥姪から、妻には昭和20年代生まれの娘(父不詳)がおり、生前連絡をとっていることがわかりました。さらに、妻の除籍謄本をさかのぼっていきますと昭和15年前後に結婚して一子をなし、1年で離婚をしている人生がありました。どのような事情があったかはわかりません。甥姪の方々も、この「子」の存在を聞いていませんでした。そうしますと妻の預貯金の相続のためには、おじいちゃんの甥姪全員と妻の2人の子の協力が必要となります。

瞼の母の「証」

 私はこの「子」の所在を探し出し、事情を書いた手紙を出したところ、連絡がきました。お会いすると50代の男性でした。この方は0歳のときに母が離別し、その後一度も会ったことがないとのことでした。この男性の人生自体は充実したものと推察されました。
 私はこの男性に、母の遺産を全部母と交流あった妹さん(もちろん面識ない)に相続させることを提案しました。私は、この男性が母との人生を共有していないことから、了解してくださるものと予断していました。
 しかし、この男性は熟考のうえ、相続分はいただきたいと言われました。この男性はしみじみとした口調で、自分にずっと母がいなかったことの寂しさを語られました。成長期には瞼にも残っていない母を恨んだそうです。母のお墓の場所をお伝えして別れました。私は立ち去る後ろ姿をみながら、この男性にとって、母の遺産が初めて母とつながる証なのだと感じました。15年以上も前の情景です。

2013/10/17
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