所員雑感 Vol.5 蛍の舞う谷
弁護士 中野 直樹
7月、弁護士釣り仲間と、奥羽山脈から秋田市に向け北流する雄物川上流域に釣りに行った。川は幅1.5メートルほど、蜘蛛の糸が張ったひどい藪に覆われていた。蜘蛛の糸が仕掛け糸にからむと、蝿捕り紙に髪の毛がくっついたような粘着力でまとわりつきまことにやっかいである。小枝を拾って蜘蛛の巣を除去し、そっと草を分け、竿道をつける。穂先に仕掛けを巻きつけ、わずかな草のすき間を通し、溜まりの上で穂先を回し戻して、水深15センチほどの流れに仕掛けをそっと垂らす。と、岸の岩下から、黒い背をした岩魚がスッと近づいた。息をつめて見守ると、岩魚の捕食は、瞬時ではなく、餌場で味見をするようにパクパクとやっている。岩魚が餌を十分に飲み込んだころまでこらえて、竿先をキュッと合わせると浅瀬で岩魚が反転し、飛沫が散り、差し込む陽に斑点の肌が輝いた。ズームアップレンズでとらえたような瞬間であった。25センチの岩魚であった。
沢際のミズの群生地に野営した。仲間と天ぷらの夕餉となった。地酒を飲み、たいがい明朝には記憶から消えている語らいで時が流れた。蒸し蒸しする宵であった。誰かが、蛍だと叫んだ。杉木立のシルエットがかすかに浮かぶ闇夜空を見上げ、ハッと眼を凝らし直した。蛍が、集まり、舞っていた。見ている間に湧き上がり、300、400匹、いや5、600匹、ともかく無数の大集合であった。最初蛍は勝って気ままに漂っているように見えたが、次第に寄り添い始め、螺旋を描くひも状に連なって浮遊し、ゆらめいて流れた。そして光の明滅は統一され、隊列全体がそろって光り、そろって消え、またそろって燈る。誰が指揮をするのか、何のための行動なのか。岩魚と蛍を育む谷音に包まれながら、不思議な光景に感嘆しあった。
2013/07/17