所員雑感

所員雑感 Vol.1

弁護士 中野 直樹

 事務所は、1992年から毎年、新年のニュース「まちだ・さがみ」を発行し、相談者・依頼者の皆様にお送りしてきている。1994年から、同一のテーマを決めて、弁護士と事務局員全員が小エッセイを寄せた紙面をつくっている。
20世紀最後の2000年1月号は一色刷りの最後のニュース。与えられたテーマは「旅 思い出」であった。私は次の文を書いた。

ひととせの旅

 大学の合格発表は父が見てくれた。私は一年ぶりに帰った石川県の自宅で、落ちた場合の行く末を案じていた。前年、山間部の零細農家の長男である私は東京に進学したいとおずおずと申し出た。半ばあきらめていた。三男の父は数学が得意で自分の将来を思うところもあったが、少年兵で志願した二人の兄が相次いで戦死したため跡取り役を背負った。その父がうんと言ってくれた。ところが力が足りず一次試験で失敗。これも無理を言って東京の予備校に入らせてもらった。一年間帰省しないと心に決め悲壮な気持で上京する列車に乗った。

 完全自炊の四畳半生活。予備校への行き帰りと勉強だけの日課。ラジオだけが世間との接点であった。実に禁欲的で一途な日々であった。合格をつかんだとき、喜びよりも、身体の芯にあった重石がとれた安堵を感じた。東京一年目の暮らしというより、世相も風物も政治も目に入らない、重い荷物を持った旅をしていた気分であった。

 2001年からカラー刷りが定着し、石坂尚さんによる切り絵が華やかに一面を彩る。2009年1月号の与えられたテーマは「それぞれ お気に入り」であった。

人生満載の弁護士手帳

 健康と手帳は、弁護士の生命線だ。日々もめごとに身をおくことから必然にうまれるストレスを上手に解消する知恵は、いくつかのお気に入りの引出しをもつことだと心がける。すべての予定を管理している手帳の紛失は最大のストレス。お先真っ暗となる。

 私は、大事な手帳を沖縄のミンサ織りのポシェットで持ち歩く。素朴な模様と手触りと丁度の大きさが気に入り、現在のものは四代目である。手帳は、直接には今日と明日以降のための予定録であるが、弁護士活動の履歴書でもある。同時に、そこには、出会った人々の人生の一部が記録されている。古い手帳を繰ると、あの人この人と一緒に権利や紛争解決のために奮闘した日々が、動画のように思い出されるのである。

2010/06/26
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